今の仕事が嫌いなわけではありません。職場に大きな不満があるわけでもない。それでも、ふとしたときに「このまま続けていいのだろうか」という問いが浮かんで、しばらく消えない。
この問いを持っている人の話を聞いていると、引っかかっているのは今日の仕事そのものではないことが多いと感じます。引っかかっているのは、今の延長線上にある、数年後の自分です。今が耐えられないのではなく、この先がこのままなのは違う気がする。だから「何が嫌なのか」と聞かれても、うまく答えられません。嫌なことが今起きているわけではないからです。
この記事では、辞めるか残るかを決める前に置いてみる問いを 3 つ用意しました。答えを出すための問いではありません。問いの向きを「今」から「この先」に合わせ直すための問いです。
なぜ 30 代でこの問いが出てくるのか
キャリアについて考える場で、この問いが出てくるきっかけは、だいたい 3 つのどれかです。
ひとつは、周りとの比較です。同期が転職した、後輩が先に昇進した、学生時代の友人が別の業界で楽しそうにしている。自分の仕事に不満があったわけではないのに、比べた瞬間に「自分はこのままでいいのか」が立ち上がります。
もうひとつは、慣れてしまったことです。20 代のころは、毎年できることが増えていく実感がありました。30 代になると、仕事は回せるようになった代わりに、伸びている感じがしなくなる。忙しいのに、積み上がっている気がしない。
そして三つ目が、上の世代の姿です。10 年先輩を見て、そこに自分の将来像が重ならない。尊敬していないわけではないけれど、ああなりたいとは思えない。
この 3 つに共通しているのは、どれも**「今」ではなく「この先」の話**だということです。比較は「この先も差が開くのか」という不安で、慣れは「この先も伸びないのか」という不安で、上の世代は「この先の自分はああなるのか」という不安です。今の仕事に問題があるというより、今を続けた先に見える景色に引っかかっている。
ここで「35 歳の壁」や「30 代が最後のチャンス」という言葉が頭をよぎるかもしれません。ただ、年齢で一律に言えることは、実際にはそれほど多くありません。動くのに遅い年齢があるというより、理由がはっきりしないまま動くと、年齢に関係なく同じ迷いを持ち越します。急がせる言葉はいったん脇に置いて構いません。
「しがみつく」「まず棚卸し」がうまくいかない理由
この状態でよく目にする助言が 2 つあります。どちらも間違いではないのですが、少し違和感があります。
ひとつは「今の会社にしがみつくのはリスクだ」という言い方です。この言葉は、続けることを「決められずに留まっている状態」として扱っています。けれど、続けることも選択のひとつです。同じ場所にいることと、選んで留まっていることは違います。問題は続けているかどうかではなく、続けている理由が言葉になっているかどうかのほうです。理由が言葉になっていれば、続けるのも選択です。それがまだなら、移ったとしても同じ迷いを持っていくことになります。
もうひとつは「まずスキルの棚卸しをしよう」です。悪い助言ではありません。ただ、順番が逆になりやすい。棚卸しで見えるのは「自分に何ができて、それが外で通用するか」で、物差しは市場です。一方で、いま引っかかっている違和感の正体は、市場の物差しでは測れないことが多い。手放したくないものが何か、この先どうなっていたら嫌か。それが分からないうちに棚卸しを始めると、「通用しそうだから動く」「通用しなさそうだから留まる」という判断になって、最初の違和感が置き去りになります。
棚卸しは、違和感の正体が見えたあとにやるほうが役に立ちます。だから先に、違和感のほうに問いを置きます。
整理の軸:3 つの問い
紙でもスマホのメモでも構いません。次の順番で問いを置いてみてください。
整理の軸
- 数年後、どうなっていたら嫌か
- 変えたいのは、環境か、自分の状態か
- 続けたい理由と、続けている理由を分ける
順番に意味があります。1 で問いの向きをこの先に合わせ、2 で変える対象を絞り、3 で手放したくないものを確かめます。
01 数年後、どうなっていたら嫌か
最初の問いは「なりたい姿」ではなく、「避けたい状態」から始めます。
なりたい姿は、聞かれてもすぐには出てきません。出てきたとしても、どこかで見た理想像をなぞってしまうことが多い。それに比べて、避けたい状態はかなり具体的に出てきます。すでに見ているからです。上の世代の姿を見て引っかかったのなら、そこに手がかりがあります。
キャリアについて考える場でよく出てくるのは、たとえば「外に出たときに自分が通用するのか分からない状態」や「生活のほうを削って仕事を回している状態」です。上の世代がそうだ、と言いたいわけではありません。ただ、自分がそうなるのは嫌だ、という感覚ははっきりある。この感覚が、この先に向いている違和感の中身です。
ここでは、良い悪いの評価をしないようにします。「そういう働き方も立派だ」と自分を説得する必要はありませんし、逆に上の世代を責める必要もありません。自分がそうなるのは嫌だ、とだけ書いておきます。
02 変えたいのは、環境か、自分の状態か
避けたい状態が見えたら、次に、それを避けるために変えるのは何かを考えます。環境なのか、自分の状態なのか。
環境とは、会社、部署、担当、働き方、一緒に働く人のことです。自分の状態とは、持っている経験や技能、仕事への向き合い方、生活との配分のことです。
話を聞いていると、変えたいのは環境だという答えのほうが多いと感じます。今の場所では、避けたい状態にしかたどり着けそうにない。そう感じているなら、それは自然な結論です。
ただ、環境を変えることと、会社を移ることは同じではありません。異動を願い出る、担当を変えてもらう、働き方について相談する。会社を移らなくても、環境を変える手段は複数あります。この段階で「環境を変えたい、だから転職」と一足飛びに進むと、次の問いで見えるはずのものを見落とします。環境を変えたいと分かった、というところでいったん止めておきます。
03 続けたい理由と、続けている理由を分ける
3 つ目の問いは、少しやりにくいかもしれません。今の仕事を続けている理由を、2 種類に分けます。
続けている理由とは、辞めていない理由のことです。動くのが面倒だから、次が見つかる保証がないから、今は忙しいから、なんとなく。これらは、留まる理由にはなっていますが、選んでいるとは言いにくい。
続けたい理由とは、手放したくないもののことです。この問いを置いてみると、不満の話をしていたときには出てこなかったものが出てきます。よく出てくるのは、一緒に働いている人と、生活とのバランスです。人間関係に恵まれている。今の働き方なら、家のことや自分の時間が保てている。それは、不満を並べているときには話題にすらならないのに、失うと考えると急に重くなります。
ここで 2 つ目の問いに戻ります。変えたいのは環境だ、と分かった。けれど、続けたい理由もその環境の中にある。人も、生活とのバランスも、今の環境が作っているものです。だから「環境を変えたい」の中身は、環境を丸ごと変えたいのではなく、環境の一部を変えて、一部は保ちたいということだったと分かります。3 つ目の問いは、そのために置いています。
分けると、何が変わるか
キャリアについて考える場で、よく見る変化があります。実際の話をもとに、細部を変えて書きます。
「このまま続けていいのか分からない。辞めるべきか、残るべきか」という形で話が始まった人がいました。仕事は回せている。人間関係も悪くない。それでも、10 年先輩の姿を見て、そこに自分が重ならないと言います。
3 つの問いに沿って分けていくと、次のようになりました。
| 問い | 分ける前 | 分けたあと |
|---|---|---|
| どうなっていたら嫌か | なんとなく、このままではだめな気がする | 外に出たとき通用するか分からないまま、40 代になっている状態 |
| 環境か、自分か | 転職すれば変わる? | 変えたいのは環境。ただし、今の担当のままでは外で通じる経験が積めない、という一点 |
| 続けたい理由 | (不満の話の中には出てこなかった) | 今のチームの人と、生活とのバランス。これは手放したくない |
答えが出たわけではありません。転職するかどうかも決まっていない。けれど、問いが変わっています。「辞めるか残るか」だった問いが、「生活とのバランスを保ったまま、外でも通じる経験をどこで積むか」という問いになっています。
この問いなら、今の会社の中で担当を変えることで応えられるかもしれない。応えられないなら、そのときに移ることを考えればいい。どちらを勧めているわけでもありません。ただ、辞めるか残るかという二択のままでは、来週やれることが何もなかった。問いが変わると、今の場所で試せることが出てきます。それがうまくいかなかったとしても、移るときに「何を保ちたいのか」がはっきりしている分、次の場所の見方が変わります。
一人では見えにくい部分がある
3 つの問いは、一人でもできます。ただ、やってみると、3 つ目の問いで手が止まることが多いと思います。
一人で考えているとき、頭に浮かぶのはたいてい不満のほうです。不満は言葉になりやすく、繰り返し浮かんでくる。一方で、手放したくないものは、失うまで意識に上りにくい。不満から考え始めると、続けたい理由は最後まで出てこないことがあります。キャリアについて考える場で、話している人が「そういえば、今のチームは……」と言い出すのは、たいてい不満を一通り話し終えたあとです。誰かに整理してもらったのではなく、話しているうちに自分で気づいている。
もうひとつ、この問いは一度で答えが出るものでもありません。避けたい状態も、手放したくないものも、日によって濃さが変わります。忙しい週には生活とのバランスが重く感じられ、うまくいった週には外で通用するかどうかのほうが気になる。一度書いた答えを、日々の中で確かめてみると、何度も戻ってくるものと、その日だけのものが分かれてきます。何度も戻ってくるほうが、この先の判断の材料です。
最後に一つ。3 つの問いに答えても、辞めるか残るかは、その日には決まりません。それでいいと思っています。
続けるのも、移るのも、理由が言葉になっていれば選択です。言葉になっていないまま続けることと、言葉になったうえで続けることは、外から見ると同じでも、中身は違います。問いに答えて残ったのが「今はここで、これを積む」でも「ここでは積めないから移る」でも、それはもう「なんとなくこのまま」ではありません。
急いで決めなくていい。ただ、理由のほうは、少しずつ言葉にしておいて構いません。